研究概要

 生命現象発動の場においては、分子、細胞レベルなど様々な階層において、不安定で過渡的な複合体の存在およびその重要性が指摘されている。例えば、細胞膜に存在する受容体は、リガンド結合に伴い受容体・細胞質因子を含むシグナル開始複合体をいわば"決定論的"に形成するかのように記述されるが、実際は個々の因子間の相互作用はしばしば過渡的で、不安定である。

 また、多くの細胞内タンパク質複合体では、最終的な安定複合体が形成される前に、両者が緩く接触した遭遇複合体とよばれる不均一な状態が過渡的に形成される。例えば、化学反応や輸送を司る様々なタンパク質間相互作用では、遠距離でも作用できる静電相互作用により、タンパク質同士が引き寄せ合った遭遇複合体が素早く形成し、ついで最終的な複合体を形成することにより、108 M-1s-1を越える高い結合速度を達成し、迅速で効率の高い化学反応や輸送が可能となっている。

 さらに、細胞表層にはスフィンゴ脂質とコレステロールが過渡的に集合した膜ドメイン構造(ラフト構造)が存在する。そこでは、膜タンパク質や細胞質因子がシグナル依存的に弱い相互作用で結合し、情報伝達のプラットフォームを形成している。また、オルガネラ移行や分泌系のシグナル配列および細胞内のソーティング・輸送にかかわる種々のモチーフでは、コンセンサス配列が短く、しかもいくつかの位置で任意のアミノ酸残基が許されることから、多様なアミノ酸配列がモチーフとして許容されることが多く、これらのモチーフの受容体による認識には過渡的で動的な複合体が関与していると推定されている。

 免疫細胞やがん細胞の生体内における動態においても過渡的準安定状態の重要性が明らかとなりつつある。例えば、血液中を循環する免疫細胞は必要に応じて血管内皮細胞上へと接着する。このような血流下における細胞接着の初期段階においては、細胞上の受容体と血管内皮細胞上のリガンドが一過性の結合と解離を繰り返しながら徐々に細胞の移動速度を落とすローリングが必須となる。免疫細胞のローリングでは、受容体がリガンドと親和性の低い過渡的な複合体を形成することが重要であると考えられている。


 上記で述べてきた現象は、生命現象を理解する上で重要であるものの、過渡的に形成される短寿命かつ不均一な状態が関与しているため、従来の構造生物学的手法を適用することは困難である。その理由は過渡的複合体をin
vitro
で再現することが容易ではないことと、生細胞における過渡的複合体を分子・原子レベルで解析する手法がないこと、などのため適切な解析戦略に欠けるからである。したがって、どのようにしてin situな状態における過渡的複合体の性状解析を行うか?そして、どのようにして過渡的な複合体の機能を原子レベルで解析するか?について真剣に考察することが重要である。

 本領域では、構造生物学、分子生物学、ケミカルバイオロジー、1分子計測学および免疫学の研究者の相互協力により、in situにおける過渡的準安定複合体を原子・分子レベルの精度で可視化する方法論を確立し、開発された手法を個別の系に適用することにより実証する。そして、従来の構造生物学的研究アプローチと合わせて過渡的準安定複合体が関わる生命現象の解明を行うことを目的とする。



具体的な研究項目としては、以下の3つを設定する。

  • A01 準安定的に形成される生体分子複合体の構造とその機能発現機構 (原子レベル)
  • A02 準安定状態の動態を分子レベルで可視化する1分子観測技術の開発 (分子レベル)
  • A03 生理的準安定状態が引き金となって起こる高次生命現象の解析 (細胞レベル)


組織図 領域概念図
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